名の通った刀鍛冶が、なぜか、腕の劣る俺を名指しで、自分の刀の研ぎに呼んだ。鴇田尊。名前も、打った刀も、その世界で知らない人間はいない。俺は芹澤悠、二十七歳。刃を作ることはできない。ただ、研いで返すだけの研ぎ師だ。その人は、次の一振りも、その次も、わざわざ俺を指名した。用もないのに研ぎ場へ来て、飯に誘って、俺なんかを抱いた。理由は、たぶん、気まぐれだ。名のある人の、一時の。飽きたら、都合のいい研ぎ手を替えるだけだろう。——研ぎなんて、誰がやっても仕上がりは同じ。俺の名は、どの刀にも残らない。だから、先に、離れようとした。俺は最後まで、知らなかった。あの人が、八年前の冬の未明に、俺に一度だけ、生かされていたことを。あの人が、それを、俺には、一生、言わないつもりだということを。本作は宵野いとの「名もなき職人BL」シリーズ。一話完結・どこからでも。

