『ブルーピリオド』芸術の世界に凡才が挑む。努力と熱意の650日

『ブルーピリオド』芸術の世界に凡才が挑む。努力と熱意の650日

美術の面白さに目覚めた少年が、東京藝大を目指して奮闘するマンガ、『ブルーピリオド』が話題です。リアルな感情表現と作中に溢れる美術解説が面白い本作について、序盤のあらすじや登場人物を解説していきましょう。

  • ブルーピリオド(1)

    少年・青年マンガ
    4.9
    680

    成績優秀かつスクールカースト上位の充実した毎日を送りつつ、どこか空虚な焦燥感を感じて生きる高校生・矢口八虎(やぐち やとら)は、ある日、一枚の絵に心奪われる。その衝撃は八虎を駆り立て、美しくも厳しい美術の世界へ身を投じていく。美術のノウハウうんちく満載、美大を目指して青春を燃やすスポ根受験物語、八虎と仲間たちは「好きなこと」を支えに未来を目指す!

    『ブルーピリオド』の作品情報

    本作が掲載されていた雑誌の情報や、アニメ化・実写映画化の情報についてまとめました。

    『月刊アフタヌーン』にて2017年から連載

    美術部や美大を舞台として、絵画に青春をかける若者たちを描いたのが『ブルーピリオド』です。作者は山口 つばさ(やまぐち つばさ)さんで、作者自身、藝大卒という経歴があります。 2017年6月から、講談社の『月刊アフタヌーン』にて連載が開始し、2020年にはマンガ大賞を受賞され、現在も連載中です。

    2021年10月にアニメ化

    アニメは漫画1巻~6巻までの受験編となっています。 原作の人気を受けてアニメ化し、毎日放送・TBS系列にて、2021年10月より放送されました。Netflix(ネットフリックス)では全世界独占配信をしています。 主人公の矢口を演じるのは、声優の峯田 大夢(みねた ひろむ)さんです。オープニングテーマはOmoinotakeの『EVERBLUE』、エンディングテーマはmol-74の『Replica』です。

    2024年8月に実写映画化

    実写映画化が決定し、主人公のキャストには眞栄田郷敦(まえだ ごうどん)さんが抜擢されました。

    『ブルーピリオド』のあらすじ

    本作では主人公の矢口が絵の楽しさに目覚め、成長していく様子が描かれます。芸術の世界を志すまでに至る序盤の展開を紹介します。

    何事もそつなくこなす不良・矢口

    高校2年生の矢口は、派手な見た目でタバコも持ち歩き、友人と夜遊びをする生徒でした。そのため周りからは不良というカテゴリーで見られますが、その実勉強ができて愛嬌もあり、友達付き合いもよい優等生でもありました。 何事もそつなくこなしているように周りからは見えますが、本人はしっかり勉強もしており、コストを人よりかけて与えられたノルマを達成しているだけと考えています。 矢口はそんな毎日をそれなりに楽しくも過ごしていましたが、どこかでむなしさも感じていたのです。

    ある日矢口は、1枚の絵に衝撃を受ける

    家で勉強していた矢口は、学校にタバコを忘れてきたことに気付き、慌てて戻ります。 最後の授業があった美術室だろうと気付いた矢口が中へ入ると、巨大な一枚の絵が目の前に飛び込んできました。その衝撃に言葉を失い、矢口は動けなくなります。 その後、同級生の鮎川や美術部顧問の先生から美術や美大についての話を聞きますが、「美術に興味はない」と一蹴して美術室を後にするのです。 その後、いつものように友人たちとオールで騒いでも、バカになりきれない自分がいることを認めます。 そんなとき、矢口は先日美術室で見た、巨大な絵の制作者・森に出会いました。

    親の敷いたレールから外れ、芸術の世界を志す

    森との会話の中で、自分が見えている景色を肯定され、理解してもらえた矢口は、自分の感性のままに美術の課題を仕上げます。 課題が想像以上の評価を得たことで、矢口は絵というものに興味を持つようになるのです。しかし、まだ彼の中には「絵は趣味でやればいい、進路にはしないし時間の無駄」という思いもありました。 その一方で、無駄だと自分に言い聞かせながらもスケッチを続けることをやめられません。 描いたスケッチを美術部の顧問に見せた矢口は、進路の話、やりたいことの話などを聞かされ、その場で美術部に入る決心をします。 それは、親が敷いていたレールから自分の意志で外れた瞬間でもありました。

    最難関の東京藝大 絵画科入学を志望する

    家の経済状況を考え、私立では許しをもらえないことを判断した矢口は、"実質倍率200倍"の超難関大学・東京藝大を目指すことになります。 美術部で懸命に基礎を習ったり、予備校に通って新たな刺激を得たりする中で、矢口はめきめきと上達するのです。 しかし、肝心の進路については、安定志向の母親をどう説得すべきか悩みます。そこで、言葉だけでは伝わらない思いを絵に込めて母親へと渡すのでした。 その絵を描きながら矢口は、親の愛情を知り、また母親も頼ってくれたことへの感謝を彼に告げるのです。 そうして、東京藝大を目指す矢口の受験生としての戦いが始まるのでした。

    『ブルーピリオド』の登場人物

    本作には多くの魅力的なキャラクターが登場します。その中から、主人公の矢口、そして彼と関わりが深い人物を紹介します。

    矢口 八虎(やぐち やとら)

    本作の主人公で、物語開始時点では高校2年生の男子生徒です。 不良と思われるような振る舞いと見た目に反して、実際の人当たりはよく、また勉強もできる優等生です。 勉強も遊びもどこか冷めた部分を持って取り組んでいましたが、ある日美術室で偶然見た絵をきっかけに、美術の世界に惹かれていきます。 本人曰く才能がない凡人で、努力とひたむきさが取り柄の性格です。しかし、実際にある程度のことは要領よくこなすセンスがあり、それが後に強みにも弱味にもなっていくのでした。

    鮎川 龍二(あゆかわ りゅうじ)

    矢口の同級生で、美術部に所属している生徒です。髪が長く格好も女性の姿をしていますが、性別は男性です。 名字の一部を取って"ゆかちゃん"と呼ばれることが多く、優れた容姿のため男子からも女子からも人気があります。 矢口に対しては余計な一言を言って喧嘩になるなど、仲が悪いように見える場面もありますが、反面互いに何でも気兼ねなく言える間柄でもあるようです。 高校2年生の時、矢口と一緒に予備校の冬期講習を受けており、祖母の影響により日本画専攻を選びました。家族のことに関して、問題を抱えていることが分かる描写が出てきます。

    高橋 世田介(たかはし よたすけ)

    矢口が予備校で出会った男子で、矢口と同学年の生徒です。 周囲を驚かせる才能と技術を持っており、勉強も国語の模試で全国7位を取るほどの実力があります。 ある出来事から予備校には顔を出さなくなりますが、東京藝大を目指すという進路に変更はなく、孤独に腕を磨き続けます。 無愛想で、ストレートな物言いをすることから、周りとは壁ができやすく友人はあまりいません。矢口に対しても最初は冷たく接していましたが、彼のひたむきさ自体は認めており、やがて意識するような存在へと変わっていきます。

    森 まる(もり まる)

    矢口が入部する美術部の先輩で、小柄な体格の女子生徒です。 美術室を訪れた矢口を驚かせた絵の作者であり、部内1番の腕を持っています。進路は油画科で、矢口を油画専攻に向かわせるきっかけとなった人物です。 普段は和やかな雰囲気をまとっている温和な性格ですが、美術の製作にとりかかると雰囲気が一変し、矢口が息を呑むほどの集中力を発揮します。 予備校では好成績を残せないなど苦労しつつも、受験では武蔵野美術大に合格し、美大生として活動を始めました。

    大葉先生(おおば せんせい)

    矢口が通うことになる予備校の講師で、高い身長と大きな声がトレードマークの女性です。 明るく元気な性格で、面倒見のよいところがあります。矢口の上達スピードに注目し、驚きつつもその成長のサポートをしました。彼に美術の奥深さを教えた中の1人でもあります。 3人の息子がいる母親でもあり、それと重ねて人を育てることの難しさを知りつつも、そこに楽しさも見出しています。

    『ブルーピリオド』の面白さ

    本作の魅力を、扱っている題材やストーリーなどの観点から解説していきましょう。芸術に詳しくなくても楽しめる工夫が、作中には溢れています。

    "答え"がない芸術の世界での苦悩と葛藤

    答えが用意されている科目と違って、美術には答えがありません。勉強ならば目指すゴールがちゃんと見えていた矢口は、美術に関してはゴールが分からない状態で前進と後退を繰り返します。 元々真面目な気質の矢口は、正解・不正解と簡単に処理できない芸術という分野に戸惑い、時に苦悩します。しかしそれは美術の道を進むなら多くの者がぶつかる壁であり、美大を目指す若者たちの葛藤がリアルに描写されている点が魅力です。 また、答えがなくとも美大には受験があり、合格・不合格は存在しています。作中には"受験絵画"などと揶揄(やゆ)される表現も登場し、芸術と美大受験は同一線上にあるのかどうか、なども興味深い話です。

    才能と本音がぶつかり合う人間ドラマ

    美術は技能や知識が生かされることもありますが、才能で語られることも多い世界です。 自分の才能を疑わない者や、才能のなさに絶望する者など、作中には色々なキャラクターが登場します。そこには羨望や嫉妬、エゴと、多様な感情が渦巻きます。 登場人物たちは時に感情をぶつけ合い、時に本音を晒し合いながら切磋琢磨していくのですが、その熱量がページから伝わってきて、読み手側の感情も揺さぶられるほどです。 感情が生々しく描かれているからこそ生まれるドラマ性の高さは、本作の大きな見どころの一つでしょう。

    画法や技法を解説するリアルな美術

    矢口は美術の知識がゼロに等しい状態から美大受験を志したため、序盤は美術の基礎を多く教わる場面があります。 その過程で、遠近法についてや色の使い方について、構図、光の取り入れ方などを吸収していくのです。美術の知識は普段の生活でなかなか身に付けることが少ないため、矢口と一緒に読者側も基礎から美術を学ぶことができます。 序盤にそういったシーンがあることで、より美術の世界に入り込みやすく、また知らなかった知識を身に付けられます。 登場キャラクターの感情だけでなく、美術の世界の描き方もリアルな点が魅力です。

    『ブルーピリオド』の名言

    ブルーピリオドには登場人物たちの心が大きく動く数々の名シーンがあります。それは日常を生きる私たちにも多く刺さります。そのいくつかを紹介していきます。

    「あなたが青く見えるなら りんごもうさぎの体も青くていいんだよ」

    1巻49ページのセリフで森の言葉です。八虎が好きな景色である早朝の渋谷、それは静かで青くて八虎にとって特別な光景でした。自分が好きなこの景色を認めてくれた森の言葉により八虎は大きく変わります。八虎にとって好きなものを好きだと認める怖さと絵画の楽しさを知るきっかけとなった言葉のひとつです。

    「好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」

    1巻110ページのセリフで佐伯先生の言葉です。親や周りの目を気にして自分が美大を目指していいのか悩んでいた八虎の背中を押した一言です。美術に関しては初心者で今から頑張っても美大に入れるのか、そんな不安を抱えていた八虎に対して、常識にとらわれず好きなことをやるのが当然だと考えていた佐伯先生だからこそかけられた言葉です。

    「後悔はないですよ 反省は死ぬほどあるけど」

    6巻147ページのセリフで受験を終えた後の八虎の言葉です。体調を崩しながらも必死にやりきった藝大受験。試験の中でも自分と真剣に向き合い、実力を出し切れたとは言えないもののそこも含め実力だと考える八虎の真面目な性格ゆえ出てくるセリフです。後悔ではなく反省という前向きな姿勢が表れています。

    天才たちに挑む凡才の挑戦

    『ブルーピリオド』は、今まで本気で何かを好きになったことがなかった少年・矢口が初めて美術にのめり込み、ライバルたちと競い合いながら成長していく物語です。 美術が好きな人や美大に通っていたことがある人はもちろん、美術に詳しくなくとも熱い青春ものが好きな人なども楽しめる内容になっています。 才能の差に苦しみながらも高い壁に挑む様子は、読んでいて応援したくなりますし、次の展開が気になって思わずページも進んでしまいます。 まだ読んでいない人はぜひこの機会に読んでみてはいかがでしょうか。

  • 最新刊

    ブルーピリオド(15)

    少年・青年マンガ
    4.9
    690

    高2で絵を描くことの楽しさに目覚め。猛烈な努力の末に東京藝大に合格した矢口八虎。 藝大2年目の夏のある日、八虎は、「公募展」なるものを知り、年上の同級生・八雲と鉢呂が、その作品制作のために彼等の故郷・広島へ帰省するのに誘われる。賞金や展示など授業や課題とは一線を画す作品作りの世界を意識した八虎は、夏休みを広島で過ごすことになった。 作品制作に励む一方、八雲や鉢呂、藝大の同級生・桃代たちと過ごすうちに、彼らの古い友人だった真田という藝大生の存在を知る。彼女こそは八雲や鉢呂や桃代にアートへ向かう強力な動機を植え付けた若き芸術家だった…! 「新入生」の時期は終わり、大人へのステップが始まる。新しい出会い、新しい課題、美術との関わり方、八虎の人生も新しい局面へ。 アートの歴史や可能性を詳細に活写、美大に進学した青年たちの情熱や奮闘を描く、今までになかった美術系青春漫画、早くも最新刊登場!!