『コクリコ坂から』というタイトルを聞くと、『スタジオジブリ』のアニメ映画を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、実はマンガ版も存在するのです。2作品の関係性や相違点、またマンガ版のあらすじについても説明します。
コクリコ坂からの概要
スタジオジブリのアニメ映画『コクリコ坂から』は、少女マンガを原作としています。 ジブリ作品が大好きで『コクリコ坂から』も以前見たという人なら、原作のマンガ版も読んでみたいと思うかもしれません。 しかしマンガ版と映画版は、同じタイトルでありながら全く別の作品といってよいほど相違点が多いのです。 原作のあらすじと共に、映画版との違いについても詳しく解説をします。まずはそれぞれの概要について、大まかにおさらいしましょう。
1980年になかよしで連載
マンガ『コクリコ坂から』は、少女マンガ雑誌『なかよし』に1980年に掲載されました。 原作は編集者・官能小説家・俳人として活躍した佐山哲郎さん、作画は『なかよし』『mimi』などの雑誌で活躍したマンガ家・高橋千鶴さんです。 掲載された当時はあまり評判とならず、残念ながら8回で完結してしまいました。そのため、当時はあまり知られていない作品だったといえます。
スタジオジブリで映画化
掲載からおよそ30年を経て、『コクリコ坂から』は突如脚光を浴びることになります。有名なスタジオジブリが、マンガをアニメ映画化したのです。 2011年7月に公開されたこの映画は、同年の邦画興行収入としてはトップの44.6億円を記録する大ヒットとなりました。 また2012年3月に開催された『第35回日本アカデミー賞』では、最優秀アニメーション作品賞も受賞し業界からも高い評価を得たのです。 さらに宮崎駿さんが脚本を、息子である宮崎吾郎さんが監督を務めたことで、親子のコラボレーション作品としても話題に上りました。
マンガ版のあらすじ
ここからはマンガ版のざっくりしたあらすじをシーン別に紹介します。マンガ版は1980年に雑誌掲載されたので、大まかに1970年後半から80年ごろの時代背景だと考えてよいでしょう。
母の代わりに家事をこなす主人公・海
小松崎 海(こまつざき うみ)は15歳(物語開始後すぐに16歳になります)の女子高生です。ある港町の古い洋館で、祖母と弟妹、そして3人の下宿人と一緒に暮らしています。 船乗りだった父親は海で遭難し行方不明、母親はカメラマンの仕事でアメリカに滞在中です。そのため、高校に通う傍ら家事や家計の管理をこなし、家庭を切り盛りしています。 行方不明となって10年以上経つにもかかわらず、海は未だに父親が生きていると信じています。「彼が世界のどこにいても、家族が元気でやっている」と父親に伝えるために、毎朝さまざまな国旗を掲揚し続けるのでした。 また海は、下宿人である獣医学生・北斗に淡い恋心を抱いています。
海と俊の出会い
海の通う港南学園は、中高一貫校です。ある日の昼休み、海は1人の男子生徒が3階の窓から飛び降りる場面に遭遇します。 中等部に在籍する弟・陸の情報によると、その生徒は高等部2年生で新聞部部長の風間 俊(かざま しゅん)という人物でした。 幸いにもかすり傷程度で済みましたが、後日飛び降りた際の写真が学校新聞にスクープとして掲載され、1部50円で販売もされました。 飛び降り事件以外にもミス・ミスター港南の記事や制服廃止運動など、何かとお騒がせな新聞部と俊に対して、海はあまりよい印象を持てずにいます。
生徒たちは制服廃止運動を起こす
新聞部の俊と水沼(みずぬま)にあおられて、制服廃止運動は全校を巻き込んでの騒ぎへと発展していきます。しかし、2人が進めるこの運動の本当の目的は、イデオロギーなどとは全く別のところにありました。 実は2人は賭けマージャンの借金のために生徒会費を使い込んでおり、それを補填するべくお金を稼ぎたかったのです。 あえてさまざまな騒ぎを起こし、学校新聞の売り上げをアップさせようと企てたのでした。 結局、制服廃止運動は俊の停学処分によって幕を閉じます。後に事実を知った海は激怒しますが、一方で俊のことが気になって仕方がありません。
2人にある疑惑が持ち上がる
海は、俊と水沼にペットシッターのアルバイトを紹介することになります。騙されたことへの怒りは収まらないながらも、何かと2人の世話を焼くうちに俊との距離も縮まっていくのでした。 さらに俊が将来「船に乗る仕事がしたい」と話すのを聞き、海は俊と自分の父親が似ていると感じます。そして北斗への気持ちは兄に対するようなものであり、本当に恋しているのは俊だと自覚するのです。 その後2人は見事両想いとなり、幸せな時期を迎えます。しかし水沼は俊が海と付き合うことに反対しはじめるのです。何と、海と俊は兄妹だというのですが…?
マンガとジブリアニメの違いは?
「同じタイトルでありながら、まるで別作品」という評価もあるほど相違点が多い2作品ですが、ここでは特に重要なポイント三つに絞って解説します。 比較することで、それぞれの作品のテーマや作者の思いなどを読み取ることができるかもしれません。
時代設定
一つは、それぞれの舞台設定です。 マンガ版は、港町である点以外は具体的な都市名や細かい年代などはそれほど重要ではなく、海の日常と学園生活といったパーソナルな事柄にフォーカスされています。 対して映画版は、1963(昭和38)年の横浜と、より具体的な年代とロケーション設定です。 山手側のあか抜けた街並みだけでなく、街の中心部の交通渋滞や工場の黒煙など、当時の横浜についてリアルに描写しています。 また映画では、海の父親は朝鮮戦争で爆死したという社会的背景が織り込まれている点も、1960年代という設定ならではです。
マンガにはカルチェラタンが出てこない
映画においては、"カルチェラタン"が重要な役割を果たします。これは海の通う高校にある男子部室棟の名称で、老朽化したこの建物の保護運動を中心に物語が進むのです。 しかしこれはあくまでも映画のオリジナルであり、原作ではそのような建物は一切登場しません。 そもそも"カルチェラタン"とはパリの地名であり、1960年代の学生運動の中心地となった場所です。この建物は、当時の反体制運動の象徴と捉えられます。 すなわち映画版では、当時の時代背景や思想など社会的メッセージをあえて強く打ち出しているといえそうです。
原作は主人公の恋愛が中心に展開
原作では、ヒロインである海と高校の先輩・俊の恋物語がメインテーマとなっています。 原作マンガが掲載された雑誌『なかよし』の読者層は、小中学生の女の子です。思春期の女の子にとって、一番の興味の対象はやはり恋愛ですから、これは当然といえるでしょう。 対して映画版は、老若男女問わずより広いオーディエンスを対象としています。 1960年代に青春を過ごした人たちにとっては懐かしい思い出として、戦争や学生運動を知らない若い世代にとっては、日本の歴史の一コマを学べた存在となったのではないでしょうか。
キャラクター設定も異なる
マンガ版と映画版では、主人公をはじめ主要な人物の性格描写も異なります。映画の中の海は、家事と家族や下宿人の世話をこなす健気な少女です。 対して原作のマンガ版では、やはり家族や下宿人の世話はしっかりこなしますが、毎回イワシ料理にして食費を節約するなどちゃっかり屋の側面も持ちます。 また男子生徒に食ってかかったり手をあげたりと、かなり勝気です。 俊に至っては、映画では正義感あふれる真面目な少年として描かれますが、原作では賭けマージャンの負債のため人を騙すなど、まるでヒーローらしからぬ人物像となっています。
マンガ版は映画と違う雰囲気を楽しもう
スタジオジブリの映画『コクリコ坂から』は、原作のマンガ版とは大きく異なる点があります。どちらがより優れているということではなく、どちらにも個性と魅力があるのです。 「映画は見たけれどマンガはまだ読んでいない」という人は、ぜひマンガ版も手に取ってみるとよいでしょう。 2作品の共通点と相違点を探してみたり、全く違う作品として味わってみたりと、アプローチ次第で違った楽しみ方ができるはずです。