祖母を送った分家の娘ですが、一日十一の刻限を守りつづけたら、動けぬ当主が刻限のたび掌を上に向けて出しておられます

祖母を送った分家の娘ですが、一日十一の刻限を守りつづけたら、動けぬ当主が刻限のたび掌を上に向けて出しておられます

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淡島の家の娘さんで、間違いございませんか。詰所の障子を引いた人は、わたしの顔をひととおり見てから、手にした帳面のほうへ目を落とした。日付、刻限、入る者、続柄、用向き、確かめた者。欄は六つでございます。続柄の欄には、分家の娘、と書かれた。用向きの欄は空のまま伏せられた。淡島穂乃香、二十六。二十の年に祖母が寝ついて、それから里の診療所の付き添い婦に入り、去年の暮れまで続けた。数えれば六年になる。父が死んで、去年その祖母を送ってからは、川向こうの家に住んでいるのはわたしひとりだった。坂の上の本家の当主、蒼井信基、三十九。三年前まで工場を三つ持って人を四百人使っていた人が、腰から下が動かなくなって、寝間から出ない。あんたが四人目だ。三人とも三日ともたなかった。触るな。初めて寝間に入った日に言われたのはそれだけだった。踵は紫に近い色になっていて、敷布には皺が寄っている。わたしは三日かけて手順を作り直し、一日に十一の刻限を自分で決めた。壁に紙を貼って、その十一を書いた。三枚継ぎの紙だ。毎日入れろ、とこの人は言う。三年ぶりに湯へ入れたあとで、そう言った。理由はずっとあとになって分かる。淡島の家には四十七万の借財がある。それが去年の暮れに消えていた。落ちとる、と里の酒屋が言う。二万三千五百円を十八回、誰かが運んだ。三年前まで、この人の家は工場を三つ持っていた。いまは寝間から出ない当主として、親族会に名代の席だけを与えられている。家憲では、縁組の議は親族会が決めることになっている。座敷では親族が縁談を進めている。北の家の三女。どこの者でもない女が、本家の当主の身体に毎日触っておる。そう言われた席で、わたしは初めて言い返した。刻限を決めているのは、わたしです。三年前の十月十四日、夜十時二十分。里の診療所の受付の控えに、淡島穂乃香、二十三歳、右膝打撲、雨に濡れ、と書いてある。役場への届出は十時四十分。二十分だけ、合わない。わたしは、三年ばかり前の、ある一日を丸ごと覚えておりません。刻限のたび、この人は右手だけを布団の外へ出して、掌を上に向けたまま置く。誰も何も載せない。その掌が六度出てくるまでのお話です。TL長編小説・全10章完結。
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    8月15日発売予定

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