実名を書かれた研究員を調べる委員長ですが、聴取を七回まで開いたら、研究員が十二年、二十時四十分に同じ一行を書いています

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調査規程第七条にもとづき、本日付で、生命科学研究科・相馬柊史研究員の研究活動に関する本調査の開始を通告します。鶴見冴子は通告書の文面から目を上げずに読み終えてから、机の向こうに座った男の顔を見た。空調の風で持ち上がる紙の端を、左手の指を二本置いて押さえている。鶴見冴子、三十八。二十五でこの席に就いて十三年、研究公正調査委員会の委員長を務めている。この部屋でいちばん強い権限を持っているのは自分で、いちばん失うものが多いのは目の前の男だ。相馬柊史、三十四。翌週の週刊誌に、捏造の常習という語といっしょに実名が出る。学外へは異動できない。公募にも出せない。共同研究の分担金も止まる。廊下ですれ違った四人は、誰も挨拶を返さなかった。実験ノートの提出を拒まれたその夜、冴子は共用の点検簿を開く。摂氏三十七・〇、変化なし。二十時四十分。同じ一行が十二年ぶん、一日も抜けずに並んでいた。しかも月の最初の晩にだけ、そのうしろに意味の分からない括弧がつく。四千七百を超える行のうち、括弧のつく行は百四十四しかない。冴子は毎朝、点検簿の一枚を複写して自分の机に置かせる。三か月半で百五枚。一日も欠かさなかった。自分がなぜそうしているのかを、この人は委員会でも説明できない。その恒温槽は、いま誰も使っていない。使っていないものの温度を、十三年、誰かが毎晩測りつづけている。入退館の記録は機械が打刻する。三十二分だけ建物にいた人間が一人いて、その名は相馬ではない。七月十六日の余白に、算用数字と、単位の位置と、筆圧の三つが違う一行が見つかる。中間の判断は本人による改変。相馬は処分を争わないと言い、代わりに、試薬の保管庫をいますぐ見ろと迫る。委員会に出された束と保管庫の束が食い違い、受払簿の一枚が破り取られている。あなたを、私の管轄の中に置いておきたい。冴子はそう言ってしまう。規程では、聴取は三回だ。聴取は四回目を過ぎ、五回目を過ぎ、七回まで開かれる。規程の三回を超えた四回ぶんの理由を、冴子はどの議事録にも書いていない。十一月三日の雨の夜から、十二月九日まで。四つ目は、誰に教わりましたか。その一問で全部が動きます。TL長編小説・全10章完結。
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    8月14日発売予定

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