これはいくらだね。中沢の隠居がそう言ったとき、早瀬鈴は当帰の根を紙の上へ並べ直している途中だった。六年のあいだ、この人は同じことを訊きつづけて、一度も返事をもらっていない。早瀬屋は槙野の本町のまん中にある薬種屋で、鈴は二十四。十八で店に出て六年になる。この店で秤の竿を握るのは母だけだった。鈴は一度も触れていない。値を言えないというのは、この商いでは何も言えないのと同じことだ。晩秋、早瀬屋が四百二十円で泉澤屋の証文を落とし、その家の主が婿に入ってくる。泉澤要、二十七。十六から店にいて十一年。町では、早瀬屋が四百二十で婿を買った、と言われている。母は三代目多兵衛の襲名を言い渡し、人も同じ秤を通ると言う。人も同じ秤を通る、と母は言う。四十五年で百九枚の免状を出した家ではないが、この家にも数え方がある。鈴は六年、その数え方の外に置かれてきた。要は数を訊かれると必ず答えた。桂皮は素で四銭です。掛け値も、負けもしていない値。鈴はその言い方に名前をつける。素値でいくら。表の値は帳に残るが、素値は残らない。嘘をつくくらいなら答えません、と要は言った。泉澤屋の棚には引き出しが百二十八あって、そのうち十九が空いている。要はそれを毎朝数える。減った日はありません。人の手しか見ておりませんので、と言う男の目は、鈴が包みを結ぶ指のところで必ず止まる。泉澤屋の棚の引き出しを、要は毎朝数える。減った日はありません、と言う。空のままの引き出しが十九から四十一に増えていくのを、この男は一日も欠かさず見ていた。母の留守に山の男が当帰を持ち込んだ日、鈴は生まれて初めて秤に触れた。一匁二銭。三百二十匁で六円四十銭。自分の口で言った値だった。泉澤屋の看板が下りる。弟が松本へ発つ。要は看板の下で、声も出さずに泣いた。帰り道、鈴は決める。私がつける。結納の支度金を母が六十円と決める。低すぎます、と鈴は言う。要は理由を言わないまま百五十円を求めて断られる。弟が二年いて秤を持たされていないと聞いたとき、鈴はその理由をまだ知らない。祝言の夜、鈴は襲名を止めさせて、額を書いた紙と同じ紙に、値のつかない二文字を書きます。TL長編小説・全10章完結。両家の前で、鈴は支度金を三百九十六円と付け直した。十一年ぶんの、誰も口にしなかった数字だった。母はその場でそれを認めた。
