十年名を呼ばれなくなった家令ですが、蔵の棹を数えつづけたら、当主が二年、必ず私のほうへ体を向けて薬を飲まれます

十年名を呼ばれなくなった家令ですが、蔵の棹を数えつづけたら、当主が二年、必ず私のほうへ体を向けて薬を飲まれます

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一の蔵の錠は三つあって、いちばん下のものだけが他の二つより古い。楢崎ふゆは鍵束の中から柄の短い鍵を選び出し、腰を落として下の錠に差した。この家の蔵は三つあって、合わせて七十八棹ある。藤堂の家の家令、楢崎ふゆ、二十九。十九でこの家へ上がって十年になる。上がった年から、この家の者はふゆを帳簿女と呼んだ。そう呼ばれるようになってから、誰もふゆに何も訊かなくなった。名を呼ばれたことも、それきり十年ない。当主の藤堂晴重、五十一。二十六で継いで二十五年。医者の通いが月に二度から週に二度になった十月、夕方の薬を飲み下すのに息が三つ継がれた。一息でございます。ふゆはそう言う。一息、こちらの貸しになります。通算で四十一。二年前の十月十二日、ふゆはこの人と一つの取引をした。期限は三年。望むものを一つ言う。それだけの取引で、二年前から同じ言い方で、同じ間で、同じ問いが来る。望むものは決めたか。三つの蔵をこの人が自分の足で数え直したのは一月のことだ。三の蔵で立てなくなり、ふゆは人を呼ばずに肩で運んだ。六十歩のはずが五十八歩だった。二年で二歩、この家の当主は縮んでいる。分家の当主が抵当の一本化を持ちかけ、十年前の借財の担保に二棹を主張する。借財は一万八千円。蔵を全部売っても四百円足りない。女の書いた帳は信用されないと言われ、家令を替えろと迫られたその席で、晴重は初めて人前でこう言う。うちの家令の名は、楢崎ふゆだ。分家は判取帳を持ち込み、十年前の借財の担保に二棹を要求する。ふゆはそこで、自分の作ってきた目録が売り払いの下拵えになっていたことに気づく。薬を飲むとき、この人は必ず机の右側、ふゆが座っているほうへ体を向けて飲む。二年、一度も向きが変わったことがない。ふゆはそれを数えて、貸しの側に積んでいく。四十五、四十六、五十六、六十三。望むものは一つだけ言っていい。二年、ふゆはその一つを決めずにいた。決めれば、この人の残りの時間に値がつくからだ。川西の借財は一万八千円。ふゆは二里の道を一人で歩いて、総計二万三千六百二十円を紙に出し、五年払い・年に三千六百円を呑ませる。相手はひとつだけ条件をつけた。勘定を負う人の名を立てろ。六月一日、ふゆが名代として最初の差配を言い渡すまで。二冊の帳が同じ数で並んで、そのあとの一言が、途中で切れます。TL長編小説・全10章完結。
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    8月16日発売予定

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