北の斜面から落ちる水で十の釜が回り、東の谷から引いた水で八の釜が回る。五十年前に祖父たちが交わした書付には、両家共有、持分は折半、とだけ書いてある。十と八なのに、折半である。ジョゼフィーヌ・レニエ、二十一。十九でこの境の製糸場の差配を引き継いで二年になる。人を集めて場をこしらえる仕事をしていた前の生の記憶があり、困ると必ず、誰を呼ぶか、から考えてしまう。道を挟んだ向こう側で同じ場所を預かっているのは、一つ年上のオデット・シャロン、二十二。挨拶をせず用件から入り、数から先に話し、確かめていないことは一言も口にしない。生糸の値は二年で八枚落ちた。一貫四十枚だったものが三十二枚になり、去年の暮れには釜を二つ止めた。今年は四つ止めろと父が言う。その夏、王都の夜会で、二人は糸目を二本抜いた同じ意匠の衣で並んでしまう。四巡目で言葉は短くなり、ジョゼフィーヌは百三十人の前で真似た方と呼ばれる。仕立てを頼んだのは三月十日で、こちらが一週間先だった。オデットは広間の端に立ったまま、最後まで何も言わない。晩夏、ジョゼフィーヌは庭に卓を六つ出して十四人を招き、糸に節が出るならそれはうちの北の水が濁るせいだと自分から言う。値は三枚下がる。ところが王都に届いたのは別の形で、シャロンは隣に助けてもらっているという話になった。その夜、オデットが谷から歩いて上がってきて、嘘です、と言う。翌朝、余計なことをするな、と言う。二人は三十二人の女工の前で決裂する。秋、三十二人のうち十四人が王都へ出ると言い出す。向こうはひと月十八枚、こちらは十二枚。ジョゼフィーヌは三行の刷り物を二百枚撒き、オデットは番号を一から並べた賃金の表を板に貼って十四枚へ上げる。同じ村に別々の紙が出て、支度金が二回出るという、誰も出どころを言えない話が一つ生えた。轍の深さと足の止まり方から、二人は別々に同じ茶屋へ辿り着く。二年ぶんの控えを並べると、二領の値は十七回、一枚ずつ交互に落ちていた。ひと月に二度、五貫ずつ運んでいく行商の男が、両方に相手の値を一枚か二枚下げて伝えつづけていたのである。初冬の市の日、製糸場の門柱の横に、二人は戸板を一枚立てる。書いたのは口上が一行と、五つの数と、三十四人の番号と、二つの名前だけだった。板が立った日から、二領の噂の向きが変わりはじめる。境の生糸が一貫四十枚に戻るまでの、五月から翌年の三月まで。異世界転生の恋物語・全10章完結。
