婚礼の翌朝に器を三度取り違えた奥方ですが、蔵の乾酪を数え直していたら、蔵役が日に一度言い違いだけを直していってくれます

婚礼の翌朝に器を三度取り違えた奥方ですが、蔵の乾酪を数え直していたら、蔵役が日に一度言い違いだけを直していってくれます

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塩の入った浅い木の器と、朝の乳を入れた深い陶の器と、何も入っていない小さな鉢。置く順は、塩、鉢、乳である。二年前の婚礼の翌朝、イルムガルト・ヴァイツはその順を三度取り違えた。三度目に、誰かが吹き出した。土地の言葉が一語も聞き取れないので、何を言われたのかは分からない。分からないので、笑われているという事実だけが残った。事実だけが残ると、人は自分でいくらでも中身を書き足せる。彼女はその朝から二年かけて、書き足しつづけている。北の山あいの領。谷の家は十三軒。イルムガルトは二十二歳になった。子はできず、土地の言葉は覚えず、廊下の真ん中を二年一度も歩いていない。前の生では、朝に十四人の子を受け取って夕方に十四人を返す仕事をしていた。顔と名前を覚えることだけが取り柄の女だった。九月の初め、夫コンラート・ヴァイツが四十一歳で急死する。喪の差配は慣いでは奥方の役目だと告げられるが、器の置き方も、谷の十三軒の並びも、彼女は何ひとつ知らない。女中頭のヴィルヘルミーネは、奥方様は座っておいでなさいまし、と言う。弔いのあと、イルムガルトは石の段を十四段下りて塩蔵へ入り、乾酪を数えた。帳には三百二十玉とある。五度数えて、五度とも二百六十八玉だった。差は五十二玉、値にして百四ターレル。その帳を十四年書いてきたのは、乳母の家筋の孫で二十八歳の蔵役ベネディクト・ロートである。嘘をつかないかわりに答えを言わず、こちらが自分で決めるまで待ちつづける男だった。そして二年前のあの朝、笑わずに器を置き直した、ただ一人の人でもあった。十一月、乳母の家筋は馬車二台と箱六つを用意して里帰りを勧める。イルムガルトはそれを断り、帳の差配の欄に自分の名を書いた。冬の塩が十八袋足りず、東の辻の市へ自分で出ると、三軒の天幕すべてで一袋八十クロイツァーと吹っかけられた。去年は五十二である。ベネディクトが三言か四言だけ口を挟むと、値は五十四に下がった。合っていることと通ることとは別でございます、とこの男は言う。冬のあいだ、彼女は十一歳のハンネから土地の言葉を一語ずつ覚える。持つ、という語だけで四つあり、四つ目は、渡すために持つ、という意味だった。やがて乳の間の柱を覆っていた桶をどけると、そこには三十四段の刻み目があった。いちばん下の段は四本ずつが十三組ある。書かれていない記録が、三十四年ぶん立っていた。よそ者のまま領に残ると決めた女が、帳の欄に自分の名を書くまでの、九月から六月まで。異世界転生の恋物語・全10章完結。
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    8月17日発売予定

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