身代横領で訴えられた声の出ない帳前ですが、書付の順を組みつづけたら、公事宿の書役が二月ほど毎日私の紙を綴じてくださいます

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柳堀の北岸に建つ船問屋の垂水屋は、表の通りに面した半分が店、裏の半分が蔵と船着き場になっている。六月十四日の昼九つ、その帳場に町名主の家から書役が来た。壬生とせ、三十三。二十の年からこの帳場に立って十三年になる。読み上げられたのは、二月十一日に垂水屋の蔵より金子八十七両二分ならびに品々が失せた、その日に蔵の大戸の鍵を扱うことのできた者はひとり、帳前の壬生とせ。訴え出たのは先代の甥、垂水彦太郎、四十一。違うところはあった。ひとつではない。とせは口を開いた。息だけが出た。去年の秋から声が掠れ、この六月に入ってからは、いくら息を送っても音にならない。喉の内側が瘡になっていると医者は言い、治す薬はないと言って、かわりに柔らかい飯の炊き方を教えていった。だから紙に書いて渡す。切り紙を五十枚、右手の届くところに重ねて置く。硯は蓋を取ったままにする。筆は二本用意して、一本が乾いたら持ち替える。短く書く。用件から書く。詫びは書かない。礼も書かない。書けば、その一行ぶんだけ相手の待つ時間が延びるからだ。三の橋の手前の公事宿、喜多村。阿久津清記、三十。十二年この宿で書付を組んできた。低いところで区切る喋り方をして、こちらが書き終わるのを待たずに次を訊く。訊いた順に一二三と番号を振り、書かせている時間を別のことを考える時間に使う。この半月、そこまでした相手はいなかった。渡した紙はその場で綴じられて、こちらの手を離れる。一枚目です、二枚目です、と枚数を数えられる。先代垂水屋徳右衛門の遺言の写しは三通ある。二月三日に写させ、二月五日に三つに分けて預けられ、預け先はとせも知らない。あてはございませんと言ったあとで、清記は宿の請けの紙にこう書いた。──三通の写しの預け先を、残らず辿る。船宿十九軒。明六つの桟橋に十一日。舟の板の下に半年沈められていた一通。三通目の下に並んだ立会人の名は、三つとも別の手で書かれていた。鍵番の梅之丞が十九年つけてきた鍵の受け渡しの控えには、二月十一日の丁に行が二つ立っている。寺の受けの覚えには、正月二十六日、垂水屋彦太郎どの、参詣、納め金二両、と書いてある。十一月二十八日、奉行所。持参した書付は十六点で、証人は一人も呼ばない。板の目を数えて一言も発しなかった女が、最後に一枚だけ書くまでの、六月十四日から正月十五日まで。時代小説・全10章完結。
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    8月19日発売予定

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