亡き師の手本を偽ったと申し立てられた手習師匠ですが、十二年分の手習い帳を数えたら、破門した弟子が月に二度は寄ってくれます

亡き師の手本を偽ったと申し立てられた手習師匠ですが、十二年分の手習い帳を数えたら、破門した弟子が月に二度は寄ってくれます

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音無町の手習所を、町の者はみな柏木さんとこと呼ぶ。座敷には机が十四ある。伯父の代からのものが六つ、継いでから足したのが八つ。高さも木目もばらばらで、板の色は日の当たる側から順に白くなっている。柏木ゆう、三十一。十九の年に伯父の手習所を継いで、十二年、同じ座敷にいる。束脩は月に百文。十四人のうち四人からは取っていない。取らない四人のことは帳面にも書かない。書かないと決めたのは伯父で、ゆうはその決め方をそのまま使っているだけだ。晩秋の八つ半、町の顔役の安曇惣右衛門が座敷へ上がって、看板を下ろしなさいと言った。故柏木松栄の筆跡を写し、真筆と偽って売り渡している——隣の槙野町から出た申し立ての紙が、その場で読み上げられた。この一年で三十七枚、一枚が一分から二分、売り先は十七軒。申し立てる者の名は、日下部要之助。七年前にゆうが庭に立たせ、みなの前で筆を折り、見込みがないと言って追い出した内弟子である。三日、待つと惣右衛門は言った。冬のあいだに机は十まで減った。ゆうは奥の物置の戸を外した。棚の上の二段に、十二年分の手習い帳が積んである。子らの清書を年ごとに綴じたもので、誰が、いつ、どの手本を写したかが入っている。紙は幾らでも書ける、あれは証しではなく紙の山だと惣右衛門は言った。数えていない束は山で、数えれば数になる。一枚ずつ起こして数えて、千四百三十二枚になった。数えたあとは、紙屋へ行った。篠原漉きの簀の目は一寸に十一本で、その漉き元は五年前に絶えている。飛脚屋の若い者は、安曇の家の裏の木戸で桐の箱を九度受け取ったことを覚えていた。四つが八度、五つが一度。合わせて三十七。そして槙野町の日下部要之助、二十四。あの紙は自分が書いたものではないと言うために、一里半を歩いてくる。頼まれる前に動いて、動いてから報告に来る癖がまだ直っていない。行李が四つあって、帳面が七十二冊詰まっている。七十二冊の一枚目には、破門された日にゆうが出した手本が、全部写してあった。同じ行李の底に、折れた筆と割れた硯が、麻の布で二重に巻いて入っていた。紙。糊。運んだ道。手。それから人。並べる場所を作ることしかしなかった男が、跡目も縁組も人に決めさせないと言い、十七になった机の順を自分で組み直すまでの、晩秋から四月まで。時代小説・全10章完結。
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    8月18日発売予定

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