四十二両を着せられた紙漉きですが、判取帳の残りの列を数えたら、橘屋の当主が十年、年に一度ずつ私の行を空けてくださいます

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小舟町の橘屋の暖簾は、紺地に白く抜いた橘の紋である。暖簾は洗うたびに縮むから、十年で二寸は上がっていた。私はその二寸を見上げてから、下をくぐった。橘新六、二十八。十六の年に蔵の仕事へ入って、月の晦日に元手金を数え、判取帳へ書き入れた。それが二年で終わった。十八の夏に仕入れの船が二度続けて駄目になり、父の算盤が遅くなった。八月二十日の夜、蔵前で、橘屋の借財四十二両を橘新六ひとりの借りとする証文を二枚書き、先代の印形を懐に入れて家を出た。以後、川越上戸の漉き場で十年。楮を晒し、桁を振ってきた。給金は六年目から年に九両。新しい袷を買ったのは、十年で二度きりである。八月、文が来た。十七字しかない。元手金が消えました。来てください。佐緒。帳場で聞かされたのは、店卸しで数えた四十二両が七日のうちに箱から消えたということと、蔵の裏の木戸で中背痩せ形の右肩の下がった男を見た者が三人いるということだった。番頭の網代久兵衛は、身代限りの届けを早くお出しになるのがよろしいと言う。言い方だけを毎日変えて、中身は一月変えなかった。数はほかにもあった。和泉屋の帳には、利の受け取り名が十七度とも川越の新六と書いてある。番頭は十年、その受取だけを取りに来ていた。花川戸の船頭の竿には刻み目が十七ある。待つあいだ半日ふいになる船賃を、いつか耳をそろえて取ってやろうと思って刻んだのだという。上戸の親方は人別の覚え六冊から十七日ぶんを夜に拾って寄越した。役所の勘当帳は目録に七件、綴じてある紙が八枚。八枚目には受付の朱印が無く、綴りは五針の決まりに違えて四針で綴じ直されていた。届けの無い勘当は成り立たない。蔵の判取帳は四冊で四十八行ある。残りの列は、四十八度とも四十二両だった。そして橘屋の当主、橘佐緒、三十。声を荒らげずに十九日おなじことを言い、店の払いを三十枚あまり書き写し、荷揚げ場の濡れた板へじかに膝をつく人である。十年前の半日の船賃を、いま銭に直して払う。そして家内の帳を年に一度新しい帳へ書き写すたび、私の行のところで筆を止め、一行だけ空けて、その次から続けていた。十度。その行の幅は、ほかの行より三分ばかり広い。あとから書けるようにである。人の書いた数を数えては置き場所へしまってきた男が、はじめて二軒のあいだの帳の一行目を書く。書いた行の下には、もう罫が引いてある。時代小説・全10章完結。
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    8月16日発売予定

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