掛値を言い立てられた茶の仲買ですが、相場帳を書きつづけたら、茶問屋の当代が日ごとに買い付けの控えを並べてくださいます

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駿河の茶市は、十日のうち四度立つ。一と三と六と八のつく日で、一年で百四十四日になる。その百四十四日ぶんの値が、渋紙の表紙の帳面一冊に入っている。加納おりん、二十八。十六の春に二親を続けて亡くし、その秋に仲買の手伝いへ入った。荷改めを覚えたのは主人が寝込んだ冬で、俵の口を切り、掌に取り、鼻へ持っていくことを、その冬に何百回やったか覚えていない。八年前、沼津から来た荷を一嗅ぎで撥ねた日から、市の者はおりんを一番鼻と呼ぶ。自分から名乗ったことは一度もない。冬の寄合で、株仲間の室戸甚助が薄い綴りを膝の前へ置いた。去年一年、笹尾の茶山から出た荷は百八十俵。約定の手取りは一俵二十九匁で、締めて五貫二百二十匁。ところがおりんが笹尾へ渡した仕切書の締めは四貫八百七十二匁。不足は三百四十八匁。仕切書というものは読める者が書いて読めん者が受け取る、と言われた座敷で、おりんは一つだけ言い返した。三百四十八は、百八十では割り切れません。割り切れない数は、どこかに割り切れる相手を隠して持っている。おりんの相場帳は一年に一冊で、家の棚に十二冊ある。一日に三行しか書かない。日付と、俵の数と値と、天気の一字。仕切書と食い違うのは三月二十六日、三月二十八日、四月朔日の三度だけで、その三晩、笹尾には霜が下りていた。おりんはその山にいた。藁を六十把借りて焚いて、間に合わなかった。焼けたのは下から十一段目までで、九軒のうち三軒は今年、畝を潰して麦にする。笹尾には、去年の四月に父を亡くしたおきぬ、二十二がいる。字はかなだけ読める。今年の一番茶は自分の手で摘んで自分で蒸して持っていくと言い出して、預けるのでも売るのでもない、嗅がせるだけだと言う。そして日野屋の当代、日野清十郎、三十一。買った側の控えを日ごとに一枚、表に買った荷、裏に払った金まで書いている男で、こちらの返事を待たずに次の手を打つ。一年ぶん出すと言い、帳面を並べると言い、合わないところだけ見ればいいと言う。三十両の前渡し金を断られても怒鳴るだけで引かず、朝から懐へ入れて潰れた餅を出し、銀二貫百七匁を担いで山道を登ってくる。十二年、人の書いた数を数えて写すばかりだった女が、自分の手で今年の初値を切るまでの、冬の寄合から夏の二番茶まで。時代小説・全10章完結。
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    8月15日発売予定

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