仙台堀に沿って四半刻。蛤町の裏店の五軒目に、腰を痛めて一年寝ついている船大工がいる。沢辺すず、二十六。十九の年に看病人請宿の加瀬屋へ入って、七年で三十九軒の枕元を見てきた。介抱料は一日百二十文。家々がいくら払っているかは、訊いてはいけないことになっている。十五日の晩、相川屋の隠居を看取った。朝になって枕元の手箱から金子二両と銀の簪が消えていた。帳場へ呼ばれて聞かされた刻限は、すずの控えより半刻早かった。その刻限を書いたのは、見た者ではなく番頭である。鑑札は取り上げられ、沙汰が出るまで介抱に出るなと言われた。半年か、一年か、待てるだけ待つことですな、と。すずの行李には、誰にも見せないつもりで書いた介抱帳の控えが七冊入っている。表紙に年号は書かず、端に墨の線を一本ずつ引いてある。重湯の数。薬の刻限。寝返りの手当の回数。息を引き取られた刻限。誰も読まない帳面である。そして蛤町の鴫原佐一、三十二。屋根の裏の節を数えて人の遅れを勘定する男で、こちらが呑み込んだところで代わりに怒る。一日いくらだと訊き、決めたら言えと言い、忘れたら承知しないと言う。四年前に蕎麦へ払ったのと同じ額を、毎晩、畳の上へ置いていく。七年、自分の一日がいくらなのかを一度も自分の口で言わなかった女が、値を言い直すまでの、四月の末から十月まで。時代小説・全10章完結。
