手が空いてるだけで惣菜屋に使われた娘ですが、崩れる里芋を数えていたら、板場を退いた親方が指図を二度ずつ言い直してくれます

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「肩を落とせ。剥くときの肩だ。……いや、肩じゃない、肘だ。肘を体から離すな」——この人はいつもそうだ。一度言って、それから必ずもう一度言い直す。梶ゆき、十九。十六の秋に、手が空いてる娘がいるが使うかと隣の隣の畳屋が口を利いて、この店の土間に立たされた。立ってみろと言われて立って、正面から見られて横から見られて、それで翌朝から通っている。何を見られたのかは三年経っても分からない。日下部仙蔵、五十七。四年前に手が震えるようになって料理屋の板場を退いた。煮方場の壁には切っ先が一寸欠けた柳刃が、鞘もなく麻紐で釘に掛かっている。持ったまま動かす分には手は静かで、震えるのは持ち上げるときと置くときだった。落とし蓋が鍋の縁を打てば、里芋の山は片側だけ崩れる。表の台の惣菜盆は、開いた日から器が五つだった。ゆきが並べたのは三つ。盆の木地には五つ分の日焼けの輪が薄く浮いている。ゆきは震えた数を黙って数え、前掛けの紐を落とし蓋の穴へ通す。牛蒡は裂くか断つか、崩れた芋はなぜ喉に張りつくのか、水を先に飲ませてはいけないのはなぜか——噛めない家が三軒から十二軒になっていく町で、器は一つずつ増えていく。町の者はあの人を「震えの仙」と呼ぶ。本人は二年前から知っていて、それで通すと言う。——初春から夏まで、七つ目の器が並ぶまでの一年。時代ライト文芸・全10章完結。

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    8月15日発売予定

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