十四で焼け出された煎餅屋ですが、焼け残りの焙炉一つで十二年焼きつづけたら、家を捨てた父が毎朝隣町の火を運んできます

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「今朝はいくつ焼けますか」と訊かれて、この人は数でしか返事をしない。十六枚を二十度で三百二十枚。そのうち二十枚は桶屋の分。佐倉とせ、二十六。十四の年に店が焼けて母が死んだ。灰の中から出てきたのは焙炉が一つだけで、枠は焦げていたが床の灰は生きていた。生きている灰の上に炭を継いだら火がついたので、それで商いを始めた。最初の日に焼いたのが四十枚、売れたのが二十二枚、手元に残ったのが十九文。翌る日は何枚焼けばいいのか分からなくて困ったので、その晩から数えることにした。数え方だけは、十二年変えていない。父の弥兵衛が家を出たのはその翌年で、隣町へ移ってそれきり十一年になる。出ていく前の晩に何を言われたのかは覚えていない。あの年のことは、思い出そうとすると帳面の頁が二枚くっついたみたいに飛ぶ。湿った炭が跳ねて灰が生地に乗る。刷毛の毛が抜ける。雨続きで米粉が湿る。焼き網の目が焼け落ちて、一度に焼ける枚数が十六枚から九枚に減る。暑気で返し醤油が二日で濁る。足りないものが毎月出てきて、そのたびにとせは簀を裂き、瓦を渡し、井戸の水を使う。父は詫びも礼も言わないまま炭を担いできて、隣町から借りた焼き網を無言で掛け替え、焙炉の縁を火箸で二度叩く。その叩き方が、十二年この店に残っていた合図だった。十二年前に焼け跡から持ち出された種板は、隣町で毎朝三百枚を押されて彫りが浅くなっていた。返されても、この店の生地玉はもう抜けない。十一月、とせは二つ目の焙炉の床に古い灰と隣町の灰を混ぜて突き、屋号は入れないと決める。「毎日、来ていただけませんか」——寒の明けから初冬まで、枚数と文と刻をひたすら数えつづける十二か月。時代ライト文芸・全10章完結。

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    8月13日発売予定

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