峠の辻に市が立つのは年に三度。九月の初市、十一月の仕舞い市、春の苗市。弓月頌が下りてくるのは初市の一日だけである。茸は年に一度しか売らない。売らないのではなく、売る形が一度しか作れない。弓月頌、二十九。十七の年に雪代で父を亡くしてから、十三度この石の上に籠を並べた。幾らだ、と訊かれるたびに木の名を答えてしまう。数は言える。九つとも十二本とも言える。その数を値の場所へ持っていこうとすると、指のあいだから落ちる。その朝、十九、とだけ答えた弓月に、辻じゅうに届く声が名を貼った。山師の籠だ、値が十九だとよ、山師には元から値なんてものが無いんだからな——若杉真砂人、三十七。この峠で十七年、買う側に立ちつづけてきた男である。笑わせてから買わせるのがやり方で、この朝もそうした。市の女親方は九つを十円八十銭で受け、そのうえで期限を切った。来年の初市までに、自分の口で値を言えるようになれ。言えなかったら、誰も買わない。三百六十五日。人のいない山でだけよく喋る男の、一年。BL時代小説・全10章完結。
