川幅の広がるあたりで百五十間。その両岸に、花火屋が二軒、向かい合って建っている。逢坂燐、二十六。十九の年に張った三尺玉が低く開いて、七つの子の右腕を焼いた。役所への届けは「風のせい」で済んだが、逢坂はその日から誰にも言わずに、二度と三尺は張らないと自分へ課している。人に言わない誓いは、破っても誰にも咎められない。だから破らないでいることが、そのまま仕事になった。冬の寄合の帰りに帳面を八年ぶん遡って、逢坂は手が止まる。尺玉一発、四円五十銭。家に入った年から一銭も動いていない。抜け星は三分の一に減った。色の切り替えも去年ようやく思うところまで来た。焔硝も紙も糊も上がった。値だけが動かない。そして向かい岸の桑折時彦は、八年、毎年こちらの真向かいを自分から指名しつづけている。理由を訊くと、この男は文の終わりまで行かずに黙る。無記名で届く新しいむしろが二十枚。中身の半分減った塗り薬の缶。順番を破って先に回されてくる割り型。川開きの晩に上がる玉と、その晩に一度だけ聞かされる、向こう岸の話。「同じだ」と言われつづけた男が、自分の口で値を言い直すまでの、寒の入りから初秋まで。BL時代小説・全10章完結。
