夜明け前に子を一人取り上げて、心付けに米が二升と薪が置かれる。量を決めるのはくれるほうで、こちらから額は言わない。真砂郁人は十二年、そうやって刈屋村の産屋を預かってきた。真砂郁人、三十。十八で産屋に入り、多喜に習って十二年になる。男で、オメガで、番を持っていない。男は産屋に入らない。番のない者は産屋の火に近づかない。そのどちらにも当てはまらない人間が、この村の産屋を預かっている。秋の寄合に、郡から渡りの医者が回ってくる。十文字泰、三十七。産の前の腹の診立て、産後の血止め、熱の手当て。この三つは村の産婆の手から離していただきたい、と言う。郁人は真っ先に承知する。承知してから、誰も「では夜中にどちらへ走るのか」を決めていないことに気づく。その晩、産屋に落ちていた往来手形を拾う。医 十文字泰。七年前、師の多喜を深瀬の里から追い出した書付の末尾にあったのと、同じ名だった。右ハ深瀬村ニ在留ノ医 十文字泰ヨリ差出候申立ニ拠ル。十文字は村で成果を上げる。腰の悪い婆さんが歩き、足の悪い子の添え木が直る。そして三日のあいだ、この男は毎晩、郁人の家の板の間の同じ場所に座った。囲炉裏から半歩だけ遠いところだ。逆子の手順を本と突き合わせるためだったが、雪で峠が閉じたあとも、朝と夕に産屋へ来て脈を診て帰るようになった。血止めの粉は一包みしかない。私の手は、ここまでです、と医者が手を下ろした夜、郁人は四年間開けていない師の膏薬壺を雪の道を走って取りに帰る。効かない薬を持っている人間には、効くかどうかわからない薬を止める資格がない。血は色から先に変わって止まった。多喜は深瀬の産婆だった。十五から産屋に入って四十年、七年前に五十五で里を追われ、郁人の納屋で三年寝て死んだ。行李ひとつだ、産屋の帳面は置いてけと言われた、とだけ聞いている。深瀬の産屋はいまも屋根が抜けたままで、帳面は二年前に焚きつけにされたという。去年一年で産が九件、見回りが延べ百三十二日。受け取ったのは米二十一升と薪二十七束。郁人は三晩かけて紙を書く。産一件につき米三升。見回り一日につき二合。右の額は真砂郁人が定めたるものに候。秋から初夏まで、谷筋の産屋の一年。オメガバースBL・全10章完結。
