一 厚東本家の記録の整理及び目録の作成を厚東累に委嘱する。日当九千円、完成時に十五万円、期日は翌年七月一日。分家の判まで押した発注書が、八年ぶりにくぐった門のところで差し出された。厚東累、二十八。二十歳でこの坂を下りて、二十八でまた上っている。仕事は遺品の紙の整理で、隣県の借家の一階を仕事場にしている。情でやる仕事ではない。この家に呼び戻されたのではなく、紙の整理を請けに来た。値切られたら帰る。蔵には箱が二百ある。明治の地券、山の境界の覚書、田の貸借、水利の覚書、昭和四十八年の香典帳には白米一升と炭一俵が並んでいる。番号は漢数字にする。この家の古い綴りに合わせて。八か月の段取りを立てて、累は一つ目の箱に「壱」と書く。二階堂篤、三十四。分家の当主で、二十二の年に父を亡くして以来十二年、四冊の帳面を一人で回してきた。三日に一度は顔を出して重い束を運び、運ぶだけ運んで、あとは黙って縁側で自分の帳面を広げている。雪で列車が遅れるようになると駅まで迎えに来て、軽トラックの助手席は乗るたび片づいていき、床には累の鞄が汚れないように古い毛布が畳んで置かれるようになる。家扶の榛葉実、五十一。十九から三十二年この家の紙の番をしてきた人が、その紙を「この家を捨てた人」に触らせる理屈を問う。十二月には御用立の帳面が出てくる。高校の制服代六万二千円から父の葬儀二百四十万円まで、締めて四百七十八万三千円。累はその場で証文を書く。月二万、二十年、利息なし。八年前の十一月九日、蔵が焼けて父が死んだ。累は火の不始末だと思っている。誰にも何も言わずに家を出て、そのとき本家の当主印を持って出た。丸に一つ引きの家紋が彫られた、側面に細い傷が一本ある黒檀の四角い印判である。分家の代替わり届には、本家当主の記名及び押印が要る。榛葉は毎日きまって十時と三時に茶を持ってくる。盆を畳の隅に置いて一礼するとそのまま下がり、腰を下ろすことは決してない。八年というもの同じ急須を同じ秒数で使い続けている人間の茶で、累はそれを一口飲むたびに、飲んでいる自分が客なのか身内なのか分からなくなる。焼け残りの棚の七段目から、縁に三本線の入った素焼きの火鉢の欠片が出る。累はとっさに空の箱を伏せて隠し、目録に書かない。晩秋から晩夏まで、二百箱と千百八十四行の一年。オメガバースBL・全10章完結。

