段差の板は自分で作った。厚み十二ミリ、幅四十二センチ、長さ六十センチ。面取りは紙やすりで丸めてある。前輪が乗ってから後輪が畳に着くまで一・八秒。三年、対局のたびに敷いてきた。蓬田慧、二十四。将棋棋院の記録係で、遠野慎の専属につけられて三年になる。この棋院で男のオメガの記録係は蓬田ひとりだ。対局室に上がる前に控室で抑制剤を一錠飲む。三年前から一日も欠かしたことがない。遠野慎、三十一。十四で入門し、二十三で杖を使い、二十五から車椅子になった。順位戦の同じ組に、勝ち星の二つ上に、よく通る声で正しいことを言う八段がいる。その八段が、感想戦で蓬田の膝打ちを指した。一分将棋で秒を声にせず、自分の膝を叩いて振動で伝えた。翌朝、介助者の同席は不公平であるという二十枚の書面が棋院へ出た。蓬田は板の実寸と動作の秒数を自分で測り、三枚の手順書を書いた。三枚目は「してはいけないこと」十四項目で、そこに自分がやってきたことを全部入れた。これはご自分の手足を縛る紙ですよ、と職員は言った。常務会は同席を認め、そのうえで記録係の席を盤側から板の間へ一段下げた。座布団から駒台まで七十八センチだった距離が、二メートル四十一になった。板の間からは盤が見えない。試して五分でやめた。歩の位置が読めない。三週目に、腕の角度より先に見るべきものがあると気づく。肘だ。肘の開き方で、その手が盤のどの列へ向かうかがだいたい決まる。手先は最後に微調整されるが、肘は最初に方向を決める。そして遠野は、位置が下がってから、対局のたびに板の礼を言うようになった。礼を言われるのは嬉しいことのはずだった。嬉しいはずのことが、なぜこんなに苦しいのだろう。三月の順位戦は七日おきの三連戦で組まれ、五月十三日の最終局に残留が懸かる。桜の端材を厚み十五ミリに削って、音の減らない札を作る。誰かの側だけを楽にする方法ではなく、対局中のすべての対局者に等しく適用する方法として、書面にして通す。対局室の障子に落ちる桟の影は、初秋になると夏よりずっと長く伸びる。三年と十か月、蓬田はその伸び方で季節を測ってきた。手帳は六冊になり、一冊目はもう紙が薄くて裏の字が透ける。桜の札は使うたびに角が丸くなるので、月に一度は磨く。初冬から初秋まで。二メートル四十一を、どこまで戻すかではなく、どこに座るかの話。BL・全10章完結。

