見合いの席で意見を口にするたび、「はしたない」と黙らされてきました。いつしかわたくしは、自分の望みを言葉にすることを、諦めてしまっていたのです。新しく専属になった運転手の恭一さんは、丁寧ですけれど必要なことしか話さない人。運転の話をするときだけ、少しだけ言葉が増えるのです。その恭一さんが、出発前に決まって膝掛けを送風口の前で温めておくのに、わたくしは気づきました。理由を尋ねても、短い答えしか返ってきません。「ここでは何を言ってもいい」と静かに言われ、初めて助手席に座らせてもらいました。わたくしのために初めて誰かが動いてくれて、下の名前を呼ばれて——最後の夜、恭一さんは膝掛けを置いて、運転ではなく、じかにわたくしに触れたのです。結果ではなく、道の途中を見ていてくれた人は、あなたが初めてでした。あの膝掛けが、いつから、誰のために温められていたのか。わたくしは最後まで、知りませんでした。本作は神代のえるの「あたためておくのです」シリーズ。一話完結・どこからでも。
