雫石小夜、二十歳。見合いのたびに巻尺を当てられ、読み上げられた数字で破談にされ続けてきた娘です。数字は嘘をつかない。だから逃げ場がない。三年前のあの日から、わたくしは自分の身体を測られることが、何より恐ろしくなりました。婚礼衣装の採寸のため、家に命じられて川べりの仕立て工房を訪ねます。遠野亮介、二十九歳。その仕立屋はわたくしの寸法を測っても、控えの一つも取らず、数字を口にしませんでした。「数を憶えても服にはなりませんから」。この方が憶えるのは、生地がわたくしの肩からどう落ちるか、その落ち方だけ。冷たいまち針を、一本ごとに両手で包んで人肌に温めてから、そっと当てる人でした。工房の棚には、誰のものとも知れぬ上等な反物が「予約品」として置かれています。仮縫いを重ねるうち、家はわたくしに別の縁談を強い、この方のもとへ通うことを禁じました。それでもわたくしは初めて、家の決めた定めに逆らったのです。あなたが何かに向いているとか、向いていないとか、そういう話にはならない――生地に落ちる場所を与えるのが仕立てだと、この方は言いました。値踏みも採点もされない夜を、わたくしは生まれて初めて知りました。そしてあの予約品の反物が、最初から誰のために取り寄せられていたのかを。本作は芹沢ももの「値踏みしないあの方」シリーズ。一話完結・どこからでも。

