渡りの湊、二十八。壊れてもう直らぬと言われた古い設備や道具や建物を、道具箱ひとつ負って町から町へ直して回る、渡り職人だ。だが湊がほんとうに直しているのは物ではない。その物に縛られて止まったまま動けずにいる、一人の人間の時間のほうだった。晩夏、湊は山あいの楢戸町に着き、湯を落として久しい銭湯・鶴の湯にひと部屋を借りる。煙突から一筋も煙の上がらぬその湯屋の、ぶっきらぼうな主・冬吾との、遠い距離を測りながら。最初の一件は、仕立て屋の後家・須賀の壊れた足踏みミシンだった。湊はそれを完璧に直し、滑らかに動くようにする。ところが須賀はかえって沈んだ。亡夫が生前、ペダルにわざと当て布を噛ませて残していた軋みを、湊が直しきって消してしまったのだ。湊は自分の間違いに気づき、直したものを元の不完全な状態へ直し戻して、亡夫のつけた軋みと当て布を復元する。須賀は久しぶりにペダルを踏み、耳になじんだその軋みを聞いて一人で泣き、ミシンを孫娘に譲ると静かに決めた。直してよい物ばかりではなかった。閉じた映画館の映写機を、湊は追悼上映のために直そうとして、直してくれるなと拒む館主・日野を説き伏せてしまう。回りだした最後のフィルムは、日野が息子を亡くした夜で止めていた時間そのものだった。湊は過ちを悟り、映写機を再び止め、壊れたまま抱えて生きる日野を受け入れる。町を出た兄を待つ青年の壊れた自転車は、最後の一箇所だけを本人の手に直させ、兄に会いに発たせた。そして冬吾もまた、先代が途中で死んだ大釜を止めたまま抱えていた――湊の道具箱の底に、六年ねじを巻けずにいる師匠の懐中時計が沈んでいるのと、同じように。初冬、楢戸を発つ橋のたもとで、湊は油紙を解いてその時計のねじに指をかけ、けれど今日もまだ巻かず、以前より少しだけ緩く結び直して、また次の町へと歩いていく。本作は「渡りの湊」シリーズ第1巻(全4巻・完結)。

