塩見町の川寄りに、亡くなった人の家を片づける女がいる。仕舞屋の灯、二十六。遺されたものを一つずつ検め、いるものといらぬものを分け、そのなかから故人が最後に渡したかった一つを見つけて、生きている側の手へ渡す。畳をさらえるのはついでのようなもので、灯がほんとうに頼まれているのは、いつもその見えぬ糸のほうだった。傘直しの後家・縫の家で、灯は仏壇の裏から傷ひとつない立派な蛇の目傘を見つけ、疎遠の息子・与一へ差し出す。だが与一は傘を拒む。母は生涯、自分に傘一本触らせなかった、と。灯の見立ては、与一の古傷をかえって開いてしまう。家をもう一度検めた灯が行李の底に見つけたのは、四十年、息子の壊れた子供傘を黙って直し続けてきた跡だった。元渡し守・松蔵の遺した銭壺を、娘のお常は突き返す。二十二年前に母と自分を捨てた男の銭など要らぬ、と。渡し賃の端数を一文ずつ貯め、娘の渡し賃を生涯ただにしていた帳面を見せても、お常は帳面だけを目に写して、壺は受け取らぬまま去っていく。若くして病没した千代の文箱には、男の名を繰り返し書いた反故の束。想い人がいたかと早合点した灯は夫の新三を打ちのめすが、それは読み書きのできぬ千代が、隠れて夫の名だけを何百と書いた手習いの紙だった。渡せる家もあれば、渡せぬ家もある。そして灯自身の道具箱の底には、十四年、ただの一度もほどけぬままの藍の包みがひとつ沈んでいる。上の渡しで死なせた弟の、受け取り損ねた風車。川向こうの仕舞いを頼まれ、灯は渡し場の手前で足を止める。結び目に指をかけ、けれど今日もほどけぬまま、また荷の底へ戻される、小さな包み。本作は「仕舞屋の灯」シリーズ第1巻(全4巻・完結)。

