葡萄郷の下働きの葡萄踏み――前線では役立たずの非力な下働きの俺、ミツハは、孤児上がりで葡萄摘みの姉貴分ラミィに拾われ育った。段畑の隅で葡萄を踏むだけの、いてもいなくても変わらぬ身。そう思っていた。葡萄郷の段畑と醸造宮を統べる豊穣の葡萄王レナートは、その手が触れた蔓も実もみな熟れすぎて腐り落ちると畏れられる男。豊穣を統べる者でありながら、何ひとつ実らせられぬ、孤絶した王。搾りの儀の夜、俺は生まれて初めての発情期に襲われる――自分がオメガだと、その日まで知らなかった。群がるアルファたちを、葡萄王は豊穣の血の気迫で圧した。触れた葡萄棚がみな腐り落ち、誰も近づけない。震える足で、俺はただ、いつものように踏み場の葡萄を踏んだ。すると、腐りかけていたはずのその実が、俺の足の下で、芳醇な酒に変わった。甘い香が、醸造宮に満ちた。「この足だ。俺の腐りを実らせる踏み手。お前が、俺の運命の対だ」。老樽守は古い伝承を照らし、それを"豊穣の縁"と定めた。役立たずのはずの俺を、葡萄王は運命の対として囲い、逃がしてくれない。俺の中に眠る"踏み手の血"だけが、腐す葡萄王の豊穣を実らせると、やがて知る。番化、徴酒官の企み、隣郷の酒商による略奪――段畑の醸造宮で、俺は役立たずのはずが、この人にだけは、運命と定められていく。BL異世界オメガバース長編・全10章完結。
