「お父さんの仕事は、まるでお月様が氷を切るみたいに綺麗ね」 東京・大田区の町工場で、ミクロン単位の精度を追求し続ける金型職人・釜岸俊平、六十二歳。最愛の妻を亡くし、機械の唸りと切削油の匂いだけに埋もれていた彼の日常は、ある夜、小料理屋で震える若い女性・由衣の指先に触れた瞬間、劇的に色づき始める。 長年、鋼の「反り」を矯正してきた俊平の節くれ立った手は、怯える彼女の心を、冬の陽だまりのように解きほぐしていく。精密な金型を彫るように、職人の指先が彼女の「心の鎧」を一枚ずつ脱がせていくとき、止まっていた彼の時計は、官能という名の歯車と噛み合い、再び熱く回り出す。 二十歳の奔放な毒、三十代の熟れた誘惑……。 喪失を抱えた匠が、経験という名の鋭い刃で、女性たちの孤独と欲望を最高の形に削り出していく。 これは、枯れ果てたはずの男が、指先ひとつで絶望を希望に変え、再び「生」の深淵へと足を踏み出す、至高の大人の冒険譚。 俊平はさらに、巧妙な計算で男を翻弄する管理栄養士の玲子、そして鏡の中に孤独を隠す美貌の美容師・さおり。百戦錬磨の彼女たちの「巧妙な防御」を、超硬バイトが鋼を削るが如き誠実さと大胆さで、一枚ずつ剥ぎ取っていく。 しかし、異なる肌に触れ、官能の熱に浮かされるほど、俊平の心には静かな空洞が広がっていく。どの女性を抱いても、指先が探し求めていたのは、三十年を共にした亡き妻・美津子の温もりだった――。 四人の女性、四つの官能。その巡礼の果てに、老練な匠が辿り着いた「愛の答え」とは。 職人の矜持と、一途な愛の記憶が織りなす大人の冒険譚。
