「あと何回、この無機質な振動に耐えれば、私は『終わる』ことができるのか」 都内ゼネコン役員、竹村伸太郎。五十五歳。地位、名誉、そして完璧に整頓された家族。彼の人生は、一見すれば「成功」という名のクローゼットに美しく収まっていた。しかし、その内側には、指の間からこぼれ落ちる砂のような虚無が広がっていた。 そんな彼の前に現れたのは、銀座の百貨店に立つ若き販売員・大江沙都美。彼女が差し出した至高のスーツ「ミッドナイトブルー」に触れた瞬間、長峰の鈍麻していた感覚は、狂おしいほどの熱を帯びて覚醒する。 最高級のカシミアが素肌に馴染むとき、倫理という名の堤防は決壊し、二人は雨の銀座、密室の深淵へと堕ちていく。それは背徳か、それとも再生か。一度綻んだ人生の糸は、もう元には戻せない。 五十五歳、男の冒険はここから始まる。日常の仮面の下に「毒」を忍ばせ、真実の生を謳歌する大人のための官能ミステリー。

