横浜の運河沿い、もとは戦前の活版印刷所だった印刷博物館。橘湖都は、そこで週三日だけ夜の臨時係員を務める、誰にも特別だと思われない男だ。役目を終えた古い活字を拾い、版を組み直す――自分と少し似た、忘れられたものたちの傍らで生きてきた。雷雨で来館者の絶えた夜、ずぶ濡れで現れたのが、横浜唯一の現役活版印刷工房を継ぐ、整いすぎた美貌の活版職人だった。彼はなぜか、湖都の組む活字ばかりを、静かに読みにくる。湖都が一字ずつ選び、拾い、並べる、その言葉を。誰にも見られないはずだった自分を、彼はずっと前から見ていた。一冊の本を組むように、慌てず、こぼさず、丁寧に。やがて湖都は自らの意思で、彼を生涯ただ一人の人に選ぶ。BL現代執着ラブ長編、全10章完結。
