コンピュータがまだ巨大な計算機だった時代、アメリカの研究者ダグラス・エンゲルバート(Douglas Engelbart)は、コンピュータをまったく別の視点から見ていた。彼はコンピュータを「人間の知能を拡張する道具」として考えていたのである。その研究の中で生まれた装置が、後に「マウス」と呼ばれることになる。 1968年、エンゲルバートは歴史的なデモンストレーションを行い、マウスを使って画面上の情報を操作してみせた。そこには、ハイパーテキスト、ウィンドウ、共同編集など、現代のコンピュータの基本的な概念がすでに含まれていた。 しかし、この革命的な研究はすぐには世界に広がらなかった。 その後、カリフォルニアのゼロックス・パロアルト研究所(Xerox PARC)で研究が発展し、さらに1980年代にはAppleがパーソナルコンピュータの世界にマウスを持ち込むことで、ようやく一般の人々の机の上に広がっていくことになる。 今日、マウスはありふれた装置のように見える。しかしその背後には、人とコンピュータの関係を変えようとした研究者たちの情熱と長い試行錯誤の歴史がある。 本書では、マウスという小さな装置の誕生から現在までの歩みをたどりながら、コンピュータの歴史と、人間と機械の関係の変化を見つめていく。

