強烈にシニカルな議論の中から、迷える人たちへのまっすぐな応援歌が立ち上がってくる。──鷲田清一現代は「ちゃんとする時代」。「ちゃんと働く」「ちゃんとした格好をする」……私たちはいつのまにか、ちゃんとすることを当然視し、それができない自分を責めながら生きている。だが、本当にちゃんとしなければならないのだろうか。社会が要請する「ちゃんとしなければならない」に対して、自分の理由で反抗し、受け流し、交渉するための「道具」を追求すること。それが「批判的日常美学」の試み。生活にまつわる様々なアイテム──料理、労働、ファッション、清潔感、コミュニケーション、性愛──などを題材に、「丁寧な暮らし」の呪縛から逃れ、いまだ到来しない「ふつうの暮らし」を模索する哲学的考察。他人と世界と自分をより自由に愛せるようになるためのメソッド。この本では、「ちゃんとする」という言葉に代表されるような、倫理的なものと美的なものの癒着を見つけ出し、それを断ち切っていく。(…)日常にある美的とされているものに実は倫理的なものが潜んでいることを暴き出す。そして、倫理と美のつながりを健全なしかたで再構成する。この手法を「批判的日常美学」と私は呼ぶ。(…)社会が要請する「ちゃんとしなければならない」に対して、あなたがあなたの理由で反抗し、受け流し、交渉するための「道具」を追求する試み。それが本書で私がやりたいことだ。(「はじめに」より)【目次】はじめに序章 来たるべき「ふつうの暮らし」を求めて第1章 自炊と恥──料理道徳から距離をとる第2章 労働廃絶宣言──労働を解体するための感性論第3章 反ファッション論──みせかけ美徳消費の悪徳第4章 「性格が悪い人」を差別してもいいのか──「清潔感」からはじめる性格差別の哲学第5章 分かり合わないことの美学──不同意コミュニケーション論第6章 愛し方のあいいれなさ──手元規範と共同規範づくり第7章 被害者サディズムの吹き荒れる時代に、スピリチュアリティにできること?第8章 新しい快楽主義者たち──猫と廃墟とアナキズム第9章 陰部の日常──マスターベーションとセックスの美と倫理について第10章 抑圧に感謝する──奴隷根性と弱さの美学第11章 夕焼けと電流──生誕した私たちの美的義務についてあとがき

