「海松」を超えた、究極の「半島物語」。東京を離れ、志摩半島を望む町で暮らし始めた中年女性。孤独な暮らしのなか、彼女がそこで見つめたものは? 川端賞受賞作「海松」を超えた、究極の「半島物語」。谷崎潤一郎賞、中日文化賞、親鸞賞受賞作!
その春、「私」は半島に来た。森と海のそば、美しい「休暇」を過ごすつもりで――。たったひとりで、もう一度、人生を始めるために――。川端賞受賞の名作「海松(みる)」を超えた、究極の「半島小説」
顔を上げると、樹間で朝を待つものたちの気配がした。たぶんメジロやウグイス。どこに巣があるのかわからないが、葉擦れや枝のこすれとは違う音がする。寝覚めの脳に届いたのは身じろぎする鳥たちの気配だったのかもしれない。やがて、森のあちこちに青みを帯びた筋が差しこむ。樹間に広がる光の筋は、やがて明るい金色を帯びていった。途端に森の奥から、鳥の声がにぎやかに聞えてきた。なかに「リッカ、リッカ、ピイィ」と鳴く鳥がいる。そういえば、今日は立夏。東京から半島にきて、もう一ヵ月がたっていた。――<本文より>
第47回谷崎潤一郎賞受賞作
解説・木村朗子