こころのケアははじめるものではなくて、はじまってしまうものである。つまり、自主的に、計画的に、よく考えて契約書にサインしてから開始するものではなく、受け身的に、期せずして、否が応でも巻き込まれてしまうものです。よく晴れた休日に散歩に出かけたら、突然大雨が降ってくるようなものです。そういうとき、僕らは当初の予定を変更して、とにもかくにも雨宿りをできる場所を探したり、傘を買ったりしなければいけなくなります。同じように、ある日突然、身近な人の具合が悪くなる。子どもが学校に行けなくなる。パートナーが夜眠れなくなる。老いた親が離婚すると言い出す。部下が会社に来なくなる。あるいは、友人から「もう死んでしまいたい」と連絡が来る。突如として、暗雲が立ち込める。どうしてそうなったのか、なにをすればいいのか、これからどうなるのか、全然わからない。でも、雨が降っていて、彼らのこころがびしょ濡れになっていることだけはわかります。そのとき、あなたは急遽予定を変更せざるをえません。とにもかくにも、なんらかのこころのケアをはじめなくちゃいけなくなる。傍にいるのがあなただったからです。その人があなたの大事な人であったからです。ある日突然、あなたは身近な人に巻き込まれて、雨の中を一緒に歩むことになってしまう。こういうことがどんな人の身の上にも起こります。人生には、こころのケアがはじまってしまうときがある。ですから、突然の雨に降られている方々に向けて、あるいは長雨の中で日々を過ごしておられる方々のために、心理学の授業をしてみようと思います。雨が降ったら、傘をさすように、こころのケアがはじまったら、心理学が役に立つと思うからです。(まえがきより)