桑名藩の飛び地・越後柏崎。海鳴りと吹きすさぶ風、冬は雪に囲まれる僻遠の地に赴任を命じられた者は、島流しとも噂され、二度と桑名に帰れることはないと言われていた。渡部鉄之助と妻の紀久は、跡取りの長男を故郷の両親に預け、幼子を抱えて勘定人としてこの地に赴いた。だが陣屋暮らしは、着物一枚買う余裕もないほど困窮した。夫と子どものため日々の暮らしを守る紀久の心の拠りどころは日蓮上人ゆかりの番神堂に植えた、桑名から持参した梅の苗木。この花が咲いたら故郷に帰れる――そう信じ、ひたむきに生きる紀久だったが……。下級武士の妻として懸命に生きた女の一生を描いた傑作時代小説。