「君だけを愛している。私と結婚してください」
「あの、誰かとお間違えでは? 私はあなたを存じあげません」
黒色の短髪に服をキッチリ着こなしている硬派そうな男性はゆっくりと跪いて、今まさに学園の卒業式を終えたばかりである伯爵令嬢リディアに大きな薔薇の花束を差し出した。
しかし、リディアは突然の求婚に驚きを隠せない。
――だって、知らない人だ。
彼はリディアの返答に青ざめて、持っていた花束を地面に落とし、泣きそうな顔をしながら必死にリディアに訴えかけてきた。
彼の名前はイザーク・アンジェル。
リディアとは在学中に恋人関係にあったと言う。
その名前を聞いた途端に、胸がざわついた。
なぜならその名は、リディアが思い出したくない名前だったからだ。
イザークは公爵家の次男で、2年前に卒業した先輩である。
その時のイザークはご自慢の金髪を腰まで長く伸ばし、服装も派手でチャラチャラした細身の軟派な男で、何かにつけては地味で真面目なリディアにちょっかいをかけてきた『意地悪な先輩』だったのだ。
しかし目の前にいる彼は、何から何までリディアが記憶していたイザークとは違う。
それに彼が本当にイザークだとしても、恋人同士になった記憶などリディアにはない。
そのことをイザーク告げると、彼は血相を変えてリディアを心配し、記憶喪失に違いないと医者へ連れて行こうとする始末だ。
彼が嘘をついているようには見えず、自身の記憶を疑い出すリディアだったが、やはりそんな記憶は絶対にない。
忘れているのはリディアなのか?
それともイザークが嘘をついてリディアを騙そうとしているのか?
その真実は、彼女達が離れて過ごしていた2年間の中に――。
『あんなに愛し合っていたのを忘れたのか?と言われたけれど、あなたと付き合った記憶はありません(2)』には「一章 三 初恋」(後半)~「一章 六 親友との再会」までを収録