お寺から気持ちが離れていくのはなぜか?葬儀や四十九日の法要、その後の法事を含め「付け届け」しか接点がないお寺との付き合いはストレスなだけ。お墓から骨壺を引き上げて、散骨などの新しい供養のカタチを模索する人が増えています。しかし、その方法を知らないと、お寺によっては、墓じまいに法外な金額を要求して、「バチが当たる」と言い出す始末……今こそ考えよう、幸福な「死後」のこと!●戒名料、付け届け、離檀料…お寺に言われるままの金額を払いますか?●永代供養といってもせいぜい30年程度。でもその前にお寺が消滅したら?●「人質」ならぬ「骨質」!骨壺引き上げに「一体〇十万円」要求されたら?●散骨に反対する親族がいても、故人の遺志を守って海洋散骨できますか?●まるでキャンプ!? 話題の〈グランピングセレモニー〉を知っていますか?「この仕事をしていると、改めて考えさせられます。 お寺やお墓は何のためにあるのでしょうか? 私の疑問であると同時に、 寺院や僧侶の立ち居振る舞いに違和感を抱いて、 墓じまいを決断された多くの方々の疑問であり、 憤りであると思います」 ――著者「子どもたちに迷惑をかけるのは嫌」「故郷にはもう誰もいない」「撤去して散骨したい」 ……悩める家族の心に寄り添い、悪徳僧侶と闘い続ける 海洋散骨のトップランナーだからここまで書けた!