文政三年も、初秋を迎えていた。凄まじいほどの賑わいと盛況を呈する八月十五日の深川八幡の祭礼も無事にすんで、名月を観賞する時期もすぎた。土手下の芒(すすき)の穂が重そうに感じられ、栗飯(くりめし)を食べたくなる季節となった。深川や本所の町並みに、ふと初秋の寂寥(せきりょう)感を覚えたりするこのごろだった。(中略)しかし、そうなったからと言って、退屈するほどの平穏無事な日々が続くわけではない。現に、人が殺された。…この「花嫁狂乱」以下、本巻には「遠い音」「鬼の貌(かお)」「黄金の仏像」「雨吹き風降る」の5編を収めた。