本州の端っこという覚えやすさもあり、山口県の認知度は意外に高いが、
山口県に何があるかを問われたら多くの人が首を傾げてしまう。
しかし、山口県民に向かって「山口県って何も無いよね」などと言ったらいけない。
自虐的に自県を捉えられない山口県民からお叱りを受けるやもしれないからだ。
山口県民は、自尊心が高くて「ええかっこしい」な性分といわれる。
そうした気質を人々に芽生えさせ、かつ山口県をドラスティックに変えたのは明治維新だ。
その時に築き上げた「長州閥」といわれる政治勢力は、以後も厳然たる力を持ち、
山口は政治の場に多くの人材を送り込んだ。
そんなわけで、県民はいつしか
「今の日本があるのは自分たちのおかげ」
「自分たちが日本を動かしてきた」
という意識を持つに至る。
そして我が国の本流を成す県として、維新の原動力ともなった革新的でイケイケな気風はどこへやら、
国内屈指の保守県へと生まれ変わったのだ。
だが、この保守的で中央志向の気風が山口県を寂れさせる要因になっているかもしれない。
地元よりも日本のために情熱を傾ける気風は賞賛すべきだが、
中央志向の人材(若者)が外に流出して高齢化が進み、
地域経済も停滞。中央(東京)はこれから五輪景気にわくかもしれないというのに、
山口県への波及は不透明だし、
そもそもアベノミクスにしてもお膝元に利をもたらしていない。
見返りもキレイな道路だけじゃ県民だって不十分だろう。
本書では長州気質をベースに置き、
理想と現実に揺れる山口県のジレンマを描きつつ、さまざまな問題点に切り込んだ。
見栄えを気にする気質の山口県民にはちょっとウザい内容もあるかもしれないが、
ぜひ一読していただきたい。