「きみの蜜を味わってごらん…舌を出して」
ヴァレリーの中で、何かが濁り始めていた。
外交官の夫と2人の子供。暮らしているのは花の都パリ。誰もが羨む生活のはずなのに、
混んだメトロ、犬のフンだらけの舗道、アパルトマンの細い階段、ぐずる息子――
そんなすべてが自分を老け込んだ女にしていく気がする。
ある朝ヴァレリーは1本の電話を受けた。
夫のアメリカ駐在時代に知り合ったオスカーが、今パリに出張で来ているから夫妻とコーヒーでも、と言うのだ。
折しも夫は子供たちを連れて帰省中。初めてオスカーに会ったとき、その強烈なセックスアピールに圧倒されたのを今もはっきりと覚えている。
これは……何かのサイン?
「夫は今いないの」と答えたとき、電話の向こうの温度がかすかに上がったことを、ヴァレリーは感じた――。