赤いランドセルを背負った女の子が、山手線のなかでひとりであやとりをしていた。赤い毛糸でさまざまの形を作りながら、となりに坐ったぼくの方を横目でちらちらと見る。夜の九時過ぎ。ぼくは帰宅の途中だった。ふいに、女の子が「つり橋」を作って、ぼくの方に差しだした。両の手首と中指に糸を掛ける、二人あやとりの最初の形だ。(「山手線のあやとり娘」より)
短篇の名手が趣向を凝らして描く、世にも不思議な世界。傑作短篇集。
・暴走バス
・山手線のあやとり娘
・うそのにおい
・思い出のヴァギナ
・明日を思い出す
・二本足のンダ
・剃刀娘
・むかし聴いた曲
・夏の彼女
・薔薇の館
・祖父の物語
・発作
・改札口の女
・隣人
●中井紀夫(なかい・のりお)
1952年生まれ。武蔵大学人文学部卒業。ハヤカワSFコンテストを経てデビューし、短篇「山の上の交響楽」で星雲賞を受賞。主な著書に、『能なしワニ』シリーズ、『タルカス伝』シリーズ(ともに早川書房)、『漂着神都市』、『海霊伝』(ともに徳間書店)など著書多数。