最初は雑誌だった。地下鉄駅の改札脇の手摺のうえに、週刊の漫画雑誌が置き去りにされているのを見つけて拾い、そのかわりに、勤め帰りの車内で読んできた夕刊紙をその場所に置いたのだ。
それからである。この地下鉄駅での物々交換が奇妙な形に発展しはじめたのは。ランニング・シャツなどの下着、スプーンやカップなどの食器、インスタントのラーメンやカレーなどの食品、さまざまなものが毎日置かれるようになっていった。(「ブリーフ、シャツ、福神漬」より)
短篇の名手が趣向を凝らして描く、世にも不思議な世界。傑作短篇集。
・ブリーフ、シャツ、福神漬
・とてもたくさんの数
・ずどん!
・肌が合う
・不幸の伝説
・ぼくのパロディ
・隣の電話
・地図の地図
・このあいだの話
・満員電車
・お尻をめぐる冒険
・新聞が読めない
・空き地のイセエビ など
●中井紀夫(なかい・のりお)
1952年生まれ。武蔵大学人文学部卒業。ハヤカワSFコンテストを経てデビューし、短篇「山の上の交響楽」で星雲賞を受賞。主な著書に、『能なしワニ』シリーズ、『タルカス伝』シリーズ(ともに早川書房)、『漂着神都市』、『海霊伝』(ともに徳間書店)など著書多数。