水無月下旬の夜四つ、どこからともなく聞こえてくる般若陀羅尼の呪文に誘われて、ふらりと町に出た美濃部咲之進。このところ、腕の立つ武士ばかりを狙った辻斬りが出没するという神田界隈。咲之進がそこで遭遇したのは、まさに件の辻斬りの現場だった。
辻斬りは、般若の面をかぶった黒装束。武士を斬り捨てるや否や斬り込んできた辻斬りと刃を交えた咲之進。だが、咲之進が一閃した刃によって割れた般若の面の中から現われた顔は、若い女のものだった。
女は大身大名の姫・茜。剣の腕がたつ茜は、男を怖れる病んだ心をもてあまし、夜ごと凶行におよんでいるらしい。家中の腰元に姫を助けてくれと頼まれた咲之進。剣と肉悦による癒しの成否は…?
●北山悦史(きたやま・えつし)
1945年、北海道生まれ。山形大学文理学部中退。学習塾運営のかたわら小説を書き、1977年、官能作家デビュー。「官能小説大賞」「日本文芸家クラブ大賞」「報知新聞社賞」を受賞。独特のソフトな文体と描写で人気を博す。気功家としての顔も持ち、各地で気功教室を開いている。『占い師天峰 悦び癒し』(二見文庫)、『絵草子屋勘次随喜竿』(悦の森文庫)など著書多数。