夢の中でキスをした。手の届かない、雲の上の人と。
ロンドンで社交界デビューを果たした直後に父が破産し、グレーフォード子爵の館で家政婦として働きはじめたエマ。若すぎる彼女は従僕やメイドに見下され、忍耐の日々が続いた。そんなある日、見目麗しい新子爵ジェームズが帰還する――運悪く、悪臭を放つ漬物液で玄関ホールが水浸しになっているところへ。その後も失敗続きだったが解雇は免れ、エマは胸を撫でおろした。ところが翌日の真夜中、ジェームズが傷を負って帰宅する。とっさに私室で手当てするうち、思いがけず親密な空気が漂って……。そのときのエマは知るよしもなかった。自分が身のほど知らずの恋に落ちてしまうことを。
■「君は僕にとってもったいない人だ」領民が待ち望んだ五月祭の夜、人気のない倉庫でジェームズは囁き、エマに口づけます。つかのまの甘美な喜びを自分に許すエマでしたが、子爵が家政婦ふぜいを愛人にして笑い物になることを恐れ、泣く泣く辞職を申し出て……。