中上晩年の未完3作『大洪水』『熱風』『南回帰船』では、「路地」の末裔らが、海外へと増殖していく……。
『大洪水』は、かつての「路地」世界から逃れ出た鉄男(浜村龍造の朋輩・ヨシ兄の息子)が、リー・ジー・ウォンの変名で登場、シンガポール、香港と渡り歩き香港社会を操る黒幕・ミスターパオに出会う。「路地」解体の時期に父親殺しを行ったこの主人公は英語を流暢に使いこなすプレーボーイで、中上作品になかったキャラクターに変態を遂げていた。
『熱風』は南米に渡った「天人五衰」(『千年の愉楽』)の主人公・オリエントの康(こう)の一粒種タケオが、「路地」の産婆オリュウノオバに渡すエメラルドを携え、東京新宿に現れ、紀州徳川藩の局(つぼね)の末裔・徳川和子、同藩毒味役の血を引く毒味男、オリュウの甥と名乗る「九階の怪人」の三人に出会う。物語は彼らが「超過激・超反動」の犯罪者グループを組織、バブル経済で膨れ上がった日本への復讐を企図、一路新宮の「路地」を目指す。
『南回帰船』は劇画原作。物語は、旧清朝皇帝の宝として主人公・草壁竹志(南洋漁船船員)に手渡されたる宝石といった道具立て、あるいは満州国再校を夢想する老フィクサー伊藤深山の登場など、作家晩年の未完作品の特徴でもある旧大東亜共栄圏の残影がそこかしこにちらついている。
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