兄を殺した女? 彼女のことを聞きたいの?
〈僕〉は、失踪した恋人を探して彼女の生涯にかかわった男女を訪ね歩く。
「ルリは少女娼婦みたいだった。幼気(いたいけ)な、大胆な、ちょっと痛ましい」
「ルリを見ていると、心を鷲づかみにされる。うっかり油断すると、彼女の存在感に巻きこまれそうな感じなんだよ」
「るりは、本質的にこわいもの知らずな女なのよ」
「るりに触られると、どんなに疲れているときも、からだの隅々まで欲望で満たされた。どこまでも貪欲になれそうだった」
「るりはサーカスの綱渡りの少女、みたいな感じ? 安全ネットなしの」
彼らが語る、これが、あなたなの? それは彼らの心の、割れた鏡に映し出された、無数の破片のようだ。
*
何かの予兆のように、〈あなた〉の複雑な過去と、天才少年ピアニストだった〈僕〉の挫折と後悔に満ちた半生が響き合う。それから〈僕〉は、少しずつ〈あな た〉のもとに近づいていく。〈あなた〉の後ろ姿を見ながら少しずつ。そこには、僕のピアノ、少年時代の調べが響きつづける。