「私の住処はここ、深川だ」──瓜実顔で誰もが振り返る立派な武家が、口癖のようにそう嘯く。だが、風来坊を自認するこの若侍、顔立ちや身形に溢れる気品は隠せようがなかった。それもそのはず、徳田萬次郎を名乗るこの男、その正体たるや、将軍家治の弟御にして御三卿清水家当主徳川重好である。御城内に屋敷を拝領しているものの、町中の居酒屋に居候し、気ままに暮らしながら兄の治世を助けていたのだ。 とある日、将軍に御目見えした萬次郎は、顔を真っ赤に腫らした兄の姿に驚く。どうやらその裏では、深刻な病状だと診立てる奥医師と、家治と嫡子家基の追い落としを狙う幕閣の不穏な企みが……。熱い兄弟愛で結ばれた萬次郎と家治は、政の秩序を乱さんとする奸計に立ち向かう!