今、僕は自分自身と完全に一つになったような気がする。それ以上の平安がどこにあるだろうか。それが鳥であり、猫であり、虫じゃないか。地に足をつけるとは、このことを言うのではないか。土に聞くまでもない。僕が土になったのだから――。有明海を望み、雲仙岳を見晴らし、故郷の河内につながる熊本の地で、師匠ヒダカさんの背中を見ながら畑を始めた。日々畑に足を運び、成長する野菜たちと向き合うこと。それは生まれてこのかた、土から遠く離されていたことに気づき、生命を取り戻していく過程そのものだった。作ること、変化することをめぐる冒険。作家、建築家、絵描き、音楽家などの多彩な顔を持ち、いずれの活動も国内外で高く評価される坂口恭平は、自身の双極性障害(躁鬱病)体験から取り組む「いのっちの電話」相談員としても知られる。ニューヨークタイムズ一面にインタビューが掲載されるなど、その多岐にわたる活動が海外からも注目を集めている作家が、「土になる」ことや近隣との交流、猫との触れ合いを通して、生きることを究めてゆく――。『0円ハウス』(河出文庫)、『独立国家のつくり方』(講談社現代新書)、熊日出版文化賞受賞の『幻年時代』(幻冬舎文庫)に連なる著者の到達点。ヘンリー・ソロー『森の生活』、現代版誕生!!土になった坂口恭平の目玉を借りて、僕らは日頃見えないものを目の当たりにするのだ――土井善晴(料理研究家)装画・口絵(16ページ) 坂口恭平