天下人徳川家康の側近として権勢を誇っていた本多正純は、家康の死後、二代将軍秀忠に老中として迎え入れられる。しかし、幕閣には秀忠の信頼厚い土井利勝がいる。駿府での家康側近時代の正純はこの利勝を赤子の手をひねるがごとくに抑えつけてきたが、江戸城内での利勝はかつての利勝ではなかった。したたかな策士に成長していた利勝は、正純の正論を飄々とかわしながら、他の幕閣の声を巧みに吸収して我が意のままに政事を動かしていく。徐々に焦りを感じていく正純。行く末に不安を覚えながらも、これまでの己の行状を顧み、幕府のこれからに思いを馳せる。正純は、利勝の手腕に支えられた秀忠の狂気、キリシタン五十二名を火刑に処して平然としている冷酷な振る舞いに危険を感じる。比叡山の僧兵を焼き討ちにした信長。秀頼誕生後に養子秀次一族を処刑し、その一方で茶人千利休を自害させた秀吉。鉱山採掘に力を発揮した大久保長安の謀叛を疑い、その死後、一統を厳罰に処した家康。己の力で頂点を極めた信長、秀吉、家康の三人のそのいずれにも常人を超えた狂気が秘められていたが、その狂気は正純にとっては理で解けるものだった。しかし、策士の利勝が側近として仕える凡才秀忠が図らずも見せた狂気は正純の予測を超えた道理なき狂気だった。そんな危ない将軍でも全力で支えなければならないのが幕閣の役目なのか。理を説き正論を吐く正純に対して巧妙な罠が仕掛けられる。仕掛け人は土井利勝か、それとも家康の死後に発言力を増している老獪な大僧正天海か。最後に、宇都宮城御成御殿釣り天井事件の謎が明かされる。前作『青い瑕~天下人徳川家康の悔恨~』と併せて読むと興味と面白さが倍加する。